犬の帰宅

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賢い犬リリエンタール

賢い犬リリエンタール  1 (ジャンプコミックス)

賢い犬リリエンタール 1 (ジャンプコミックス)

ある日、日野兄妹のもとにやって来た弟。両親から託されたその「弟」リリエンタールは、言葉をしゃべる(上に二本足で歩く)犬だった。戸惑いながらも家に連れて帰る兄妹だったが、リリエンタールは人の心に反応して奇妙なことを起こす犬であり、兄妹も周りの人も、リリエンタールを狙う謎の組織も巻き込まれていくことに…



 09年の秋頃からジャンプで連載されていた作品ですが、残念なことに今年の春頃に終わってしまいました。誠に残念だったけど割と理由は明快な気がして、良い意味でジャンプっぽくない作品だったのですね。ジャンプっぽく無いっていう言い方はどうかと思うけど、メイン読者のチビッコよりも大人のツボにハマる作品というか。
 物語の肝は「人の心」に反応してリリエンタールが引き起こす不思議な出来事にあるのですが、それだけで話を展開させることはせず、リリエンタールが日野家の「家族」として認められていく過程を軸にして進んでいきます。連載上の都合等もあったのでしょうが、そうして点から見ると全4巻というのは中々キレイにまとまっているのかな、とも思います。いや、もちろんもっと色々な話は見たかったけどね。

 でもって、個人的に心惹かれるこのマンガの、あるいは葦原先生の魅力が何なのかを色々考えて、Twitterなんかにもグジャグジャ書いたりしてたのですが、一番に感じられるのは非常に「優しい世界観」であるということが挙げられます。
 姉のてつこは当初、「変な犬」を弟として受け入れるということに対して強い拒否(というかツンな態度)を示します。一方で兄をはじめとした他のキャラクターがリリエンタールの能力を最初から認めることで、そこでの世界観のバランスは両立されているのですが、それを一歩踏み越え、リリエンタールや日野兄妹の生活する世界全体が周りの人から認められているというのが非常に印象的です。ただ単にイジワルな人物がいない。

 例えば1巻でリリエンタールが買い物に行った時、てつこが気難しい・頑固な子だと言われ、怒るシーンがあります。

「不器用なのよね」
「いっしょに住んでてリリちゃんも大変でしょ?」
「ぶっとばされたりしてねぇか?」

「ぜ・・・ぜんぜんたいへんじゃないのです!! 
 てつこはむずかしくなんかありませんぞ!!
 てつこはいいてつこですぞ!!」
(1巻 128P)

 勿論、皆てつこがいい子だと知っており、早とちりした上でのリリエンタールの怒りだったのですが、

「いやいや姉ちゃんを悪く言ってわるかったな」
「ほんとにてつこちゃんがすきなのね―」
(1巻 130P)

 というふうに、リリエンタールをフォローしてくれるのです。単なる通行人キャラなんですけど、皆とても優しい。
 また別の面から言えば、2巻〜3巻の「あんこくまじん」編においては、家や商店街が破壊されるほどのスペクタクルを引き起こします。ですが、全てが終わった後は元通りになり、被害も転んで擦り傷を負った人やアイスを落とした人くらいしか出てきません。こうしたことに対して「ご都合主義じゃん」「いやマンガだし」みたいな文句をつけることもそりゃ出来ますが、葦原先生はどのような形にせよ「傷つく」ということに対して非常に意識的にマンガを描いているように思えます。
 イヤなことを言われれば心が傷付くし、街で怪物が暴れれば誰かがケガをする。それは物語の上であっても起こることであります。けれどもそれを、自然に気持よく解決させる世界観を作ろうとするところに、とてもグッとくるのです。

 それじゃあ誰も傷つかない、コメディタッチの世界なのかと言われれば、決してそうではない。作品の中では姉のてつこの変化が大きな軸として存在しますが、彼女には過去事件に関してのトラウマがあり、「変である」という風に見られることを非常に強く嫌います。それが物語におけるリリエンタールへのツンな態度として反映されています。

あたしはイヤよ! あたしはふつうの人なの!!
ふつうの犬はしゃべらないし ふつうの人は犬を弟って言わないの!!
変人のやることにあたしをまきこまないで!!
(1巻 19P)

まったく・・・あたしの人生がどんどんふつうじゃなくなってくわ・・・
でもまああいつと暮らす以上 ふつうの生活ってのも無理な話よね・・・
(4巻 21P)

 ネタバレはアレなんで詳細は省きますが、4巻最後の書き下ろしにおいても、てつこの傷は決して簡単に回復されることはありません。回復はしませんが、決して何も変わらないわけじゃない。進んだり戻ったりはするけれども、リリエンタールをめぐるゴタゴタを通じて、最後はその「変な犬」を弟として認めていきます。この辺の描き方は本当に秀逸。

 そして欠かすことが出来ないのが、こうした主人公たちの周りにいる「大人たち」であったりします。天才科学者である日野家の両親は「けいおん!」の平沢両親の如く作中には出て来ないのですが(平沢両親は最近出てきたらしいけど・・・)、リリエンタールを狙う「組織」の人たちが素晴らしいのです。
 例えば、組織の日本支部管理官であるシュバインさん。部下が別の構成員に隠しカメラを仕込み、リリエンタールに関する手掛かりを掴むのですが、それに対して

「自分に置きかえて考えてみろよ 上司が自分の盗撮映像をなぜか持ってて
『おまえの休日を盗撮したら気になるものが映ってたからくわしく説明しろ』
・・・とか言ってくるんだぞ? お前たち そんなやつの下で働きたいと思うか?」

「うちは非合法の仕事も請け負う組織だが 組織の中までルール無用じゃ成り立たねえだろ」
(2巻 34P)

 という理想の上司っぷり。

 もう一人の「大人」として挙げられるのが、やはり組織の一員である紳士ウィルバー。最初はリリエンタールを狙いに兄を誘拐するのですが、やがてリリエンタールをライバルとし、組織から追われてしまうようなダメな人ですが、やはりこの人も「大人」なんですよね。シュバインさんが組織のために動く人だとしたら、ウィルバーさんは自分のために動く人。

「しかしお気遣いは無用です 私は私の人生を面白くするために動いているだけのこと」
(2巻 101P)

「無駄かどうかはだいたい自分で決めるのが紳士・・・
そしてチャンスというものは 求める者にはほんの一瞬で充分なのですよ」
(4巻 151P)

 基本クレバーだったり基本ダメだったりするのですが、いずれの大人も、リリエンタールの周りの少年少女たちよりも高い目線にあるのが印象的です。上から目線というのではなく、人生を積んだ分だけ、彼らよりも色んなものが見えているというか。作者自身も「理想」と考えている大人の姿を描いていることもあり、キャラの違いはあれど非常に魅力的です。


 残念ながら打ち切りとなってしまった作品であり、色々と未解決な謎は残っております。が、自分としては、魅力的な世界観を持った葦原先生の新作を心待ちにすると共に、もっと色んな人に読んでもらいたいなーと思うのです。そんな作品なのです。