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「少年ノート」感想〜これから失われゆく日々、これから紡がれゆく日々〜

少年ノート(1) (モーニングKC)

少年ノート(1) (モーニングKC)

優れたボーイソプラノとしての声を持ち、「音」に対して鋭敏な感性を持つ少年、蒼井由多香(ゆたか)。入学する中学校で行われていた練習に強く惹かれ、混声合唱部に入部。ゆたかの持つ天性の声と純粋さが、部活に、部員に、周りの人々に、様々な影響を及ぼしていく。あたかも、1つの声が波紋を描いて広がっていくように…。


隠の王」の鎌谷悠希先生の新作、現在モーニング・ツーで連載中の「少年ノート」1巻が発売されました。青春!部活!天才!というテーマを軸にした作品は本当に多々ありますが、いずれの要素を的確に抑えつつ、透明感溢れる筆致で描いた作品です。
実際に聞かせることが出来ない「音楽」をマンガとして描くことは非常に難しく、また、そこにこそ作家の方々の個性が見えるものですが、この作品においては特に「音」にフォーカスを当てており、とても繊細な表現がなされています。


・見える音、見えない音

主人公ゆたかは天性のボーイソプラノの持ち主でありますが、何よりも「音」に対して非常に繊細な感性を持った少年。例えば、遠くの港の汽笛や聞き流してしまうような人々の声に溢れた早朝の町の音。こうした音はいずれも普段の生活の中で溢れているものですが、実際に気に留めることはほとんどありません。しかし、ゆたかが聞き取り、そこに様々な感情を乗せ、音と遊び、思わず歌い出してしまう描写がなされる中で、画面に描かれる1つ1つの音が活き活きと、あたかも音楽を奏でているようにまで見えます。


また、ゆたかの繊細さは、もっと微細な音にまで至ります。上記した「朝の音」のみならず、夕日が河に沈む音、宇宙の音…。これはいわば、ゆたかの感性を通して表出された心象とも言える「音」です。しかし、ゆたかがそれらを聞き取り、純粋な心持ちを持って向きあう描写の中で、見ているこちら側も、ゆたかの心の動きと共に「音」が聞こえてくる。擬音から細かい書き文字を駆使しながら、普通に聞こえる音のみならず、鎌谷先生はそれを越えた音まで描写している点は、この作品の大きな特徴であります。


その表現は、「歌う」シーンでも同様です。合唱の練習や入学式での演奏に聞き入る場面、あるいは、ゆたかが歌う場面。いずれもそこに描かれたものは、歌というものに対して、本能的に真っ直ぐに向きあうゆたかの表情や心象であり、それを見る/聞く読者の側は、あたかもそこに吸い込まれていくように、あたかも周りの世界が変わるかのように、音楽に包まれる。そんな描写に溢れています。


・失われていく日々

そんな幸福が詰まった作品ですが、「Days of Evanescence=失われていく日々」というサブタイトルのように、同時に儚さもが詰まった作品でもあります。ゆたかは合唱部の中でも、卓越した技量と純粋な歌への眼差しの持ち主でありますが、彼の特性である「ボーイソプラノ」は、変声前故のもの。中学生という年齢を迎えた今、いずれ失われてしまうものです。だからこそ、その儚さは様々な人々の心を奪う。

興味があったんだ 君の ソプラノに
興味があるんだ いずれ 失われていくものについて―
(p78−79)

素晴らしいとともに 今にも失われるという危うさをはらんだ声…
このまま部活動の中だけで終わらせてしまっていいものでしょうか
(p94)

前者は合唱部の副部長、自称「我ながら中二病満点」の町屋さんの、後者はゆたかを自らが所属する市民劇団に引き入れようと試みる、音楽の大橋先生の発言です。両者の立場や想いは異なるものの、いずれもゆたかの持つ「失われていく」才能に惹かれ、興味を持っている。特に後者の大橋先生の市民劇団への誘いは、良かれと思ってしたことであるけれども、あるトラブルを産んでしまいます。


また、ゆたかが引っ越してきた港町も、とても暖かい雰囲気に満ち溢れているものの、その先の未来にはちょっと不穏なものがチラついている。
危うげな、儚さを帯びているのは、才能だけではありません。その町に溢れる音と遊ぶゆたかの「感性」自体も、純粋であるが故に傷つきやすい繊細さを持っています。本書中の言葉を借りれば、「世界にはキレイじゃない音だってあふれている。」そのような世界の中では、「純粋さ」は、時としてモンスターのように制御不能な存在と化す。それを一番持て余しているのは、他でもないゆたか自身であるわけですが。


・大切な場所、進んでいく場所

そのような失われていく天性の声を、自らも持て余す純粋さを持つゆたかが、自らの意志で選んだのが「合唱部」という場所。顧問との軋轢を抱え、人数も集まらない万年予選敗退校でありながらも、全国大会を目指す合唱部は物語の大きな軸であり、ゆたかは自身の選択によって、そこで歌うことを心から望みます。


同級生や先輩といった周りの人々も、それぞれに様々なものを抱えています。やる気の無い顧問に反発しながらも、部をまとめようとする部長の別役、冷静ながらも、常に歌うことの意味を探している副部長の町屋、真面目故に他人に厳しくあたってしまう高峰、無二の友人としてゆたかに接する同級生知也。それぞれ個人の思いは違うけれども、「合唱」にかける気持ちは、譲れないものを持っている。


今後の道のりは決して平坦ではありません。顧問と生徒(特に部長)は反発しあい、まともな指導は学生の中だけでしか行われていない。部員だってギリギリの人数だし、人の集まりは、ましてや10代の学生同士の集まりでは、何がしかの不穏さを生み出します(かなり大人な中学生が集まっているとはいえ)。物語が進む中で、きっともっと何かが変わり、時には失われていくものもあるかも知れない。けれども、バラバラの心は合唱によって、1つの歌を創り上げる。多分、それは大きな希望であるようにも感じられます。
技量も思いも違うけれども、彼らがどんな音楽を創り上げていくのか。ゆたかは、部員の皆はその道をどう歩いて行くのか、今後も見守っていきたいと思わせる作品です。

あと個人的には、今のところ唯一名前が明らかになっている1年生女子にして、モーニング・ツーの表紙にも出てくる伊勢さんが気になっていたり。こちらにも同じ画像がありますけど、夏にこの髪型は絶対暑いよね。だがそれがいい
2巻辺りでメインのお話があるのかな…?