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ちろり1巻感想〜ちろりと、コーヒーと、四季折々〜

ちろり 1 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)

ちろり 1 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)

時は大開港時代。日本と西洋の窓口として栄える港町・横濱。海岸通りのはずれにある喫茶店「カモメ亭」を切り盛りするのは、「マダム」と呼ばれる女主人と、「ちろり」という名の小さな女給さん。ささいな日常とお仕事との中で、ちろりの日々はゆっくりと過ぎていく…。


というわけで、小山愛子さんの「ちろり」1巻の感想です。
恥ずかしながら『ゲッサン』連載ということを知らず、表紙買いで読んでみたのですがこれがまた読むたびにグッとくる作品!というわけで書いてみました。
登場人物は主人公ちろりとマダム、そしてカフェーにやってくるお客さん。舞台はカモメ亭のカウンターとテーブル、時々お店の外に出ることもあるけど、非常に限定された人と場所の中で展開されるお話。とはいえ、そんなミニマムさに物足りなさなんて微塵も感じさせないくらい、鮮やかかつ繊細な絵でもって魅せてくれるのですよ。


・線が紡ぎだす空気と空間

何より最初にガツンと衝撃的だったのは第1話。「カモメ亭の朝」というタイトルで、ちろりの起床からお店の準備までを描いているのですが、その動作が行われている18ページが、全くのセリフ無し、サイレント構成されています。いわゆるフキダシは勿論のこと、モノローグ的なのも一切無し。



朝起きて着物へと着替える時のやる気に溢れた表情、お店を見渡している時のワクワク感が溢れる表情、器を眺める時のうっとりとした表情。どれをとっても非常に瑞々しいちろりの表情を見ていると、ホントに読む方も彼女の心とシンクロするかのようにワクワクしてくるよう。
おそらくはちろりの毎朝の日常を描いたシーンであり、決して特別なことを描いているわけではありません。にも関わらず、着物へと着替えるシーンはとても色気を感じさせつつも、決していやらしくない。お店の扉を入れて外の空気を入れた時の新鮮さ、開店準備に勤しむちろりの躍動感など、非常に丁寧かつ上品な描写がたまらなく魅力的です。視点としてはちろりを眺めている画面となりますが、まさに彼女を愛おしむような感じ。



特徴として見られるのは、細かい線を駆使して小物や空間、さらにはその場の空気感まで描いていることでしょうか。器の模様の描き分けから、テーブルや椅子の木目といった描写の多くが細かい線によって描かれており、しかも決して悪目立ちしていない。物凄く写実的なのかというとそういうわけでは無いけれども、とても温かく味がある絵です。ちなみに人物のプロポーション(心持ち首が長い所とか)は何となく竹久夢二を思わせます。そうでもない?


・光と影と感情のグラデーション
細かい描写で空間や空気をも表現している作品でありますが、同時に光や影の描き方もまた見事。舞台であるカモメ亭は屋内でありますが、窓から差し込む光の描写によって、話のたびに異なる風景を見せてくれます。


光と影のグラデーションがとても印象的ですが、同時に感情のグラデーションもきめ細かに描かれています。ちろりは物語の中では屈託の無い表情を見せてくれますが(それがまたすげぇカワイイ!)、あまりマイナス方面に寄った表情はあまり見せることはありません。とはいえ、単なる喜怒哀楽という以上に、もっと曖昧な、なんとも言えない感情が描かれることが多いのがまた魅力的。それをまた小山先生の繊細な線と描写が引き立てている。とくにこの作品は割りと大きめのサイズ(A5?)の単行本なので、そんな描写をじっくりと隅から隅まで眺めていたくなるのです。


ちろりやマダムを巡る状況は、カモメ亭での仕事以外にはあまり描かれていません。まだ12か13歳のちろりの過去もあまり分からないし、マダムも何やらワケありな雰囲気を醸し出すこともちらほら…。とはいえ、きっと彼女たちは移ろう四季の中を時に忙しく、時にのんびりと仕事をしていくのでしょう。まだまだのんびりと眺めていたい、そんな気にさせてくれる作品です。
1巻ラストは年末の風景を描いていますが、2巻ではどんな春がやってくるのか?今から楽しみでなりません。