犬の帰宅

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ワールドトリガー1巻感想 〜変わりゆく世界・曲げられない意思〜

ある日、人口28万人を擁する都市・三門市は、突如開かれた異世界の「門」からやってきた怪物、「近界民(ネイバー)」に蹂躙された。理由も動機も不明のまま、人を襲い、街を破壊する近界民に人類はなすすべもなく、街の壊滅は時間の問題と思われたその時、謎の一団「ボーダー」によって近界民は辛くも撃退される。近界民の技術を独自に研究し、「こちら側の世界」を守るために組織された「ボーダー」。彼らは更なる襲撃に備え、三門市に防衛組織を構えることとなる。それから4年。近界民の襲撃と撃退が日常となった三門市で、1人の少年・三雲修は自らを「近界民」と名乗る謎の転校生・空閑遊真と出会う…。


葦原大介先生の新作、「ワールドトリガー」1巻が発売されました。「賢い犬リリエンタール」以来の新作ということで、毎週ジャンプで楽しみに読んでいるのですが、単行本という形で読むと細かい物語の起伏にハッとさせられ、やはりひと味違います。

「最新SFアクション」と単行本の帯には書かれており、突如襲い来る謎の怪物、街を守るための組織など、土台としてSF要素が散りばめられていますが、一読してなによりも印象的なのは、派手な「フィクション」「ファンタジー」性よりも、ともすればとてもシンプルに見えないこともない「キャラクターの意思」なのかな、と思ったりしたのでその辺を書いてみようかと。



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主人公・三雲修は人よりも少し正義感の強い中学生。不良に対しても毅然と立ち向かう精神の持ち主ですが、ケンカの方はからっきし。
実は「ボーダー」の隊員でもあるけれども、未だ訓練生のため実力不足も甚だしい。
対するもう1人の主人公・空閑遊真は、身なりは小さく、とぼけた雰囲気を醸し出しつつも、見た目に反した戦闘力と、なにより冷徹なリアリストと呼べるような考えの持ち主。

例えば、学校の不良に絡まれた遊真を助けようして却ってボコボコにされてしまった修に対しても

メガネ君が自分から首突っ込んできたんだから
自分でなんとかしなきゃ

「法律ってのは世界を回すためにある」「お前を守るためじゃない」
(略)
いざって時に自分を守れるのは自分の力だろ

と、とてもクールに言い切ってしまう。
作品中、遊真は一貫してこの「信念」に従って行動しています。

遊真の行動の基盤にあるのは、「自分の言動・行動には自分で責任を持つ」ということ。それは、遊真が「向こうの世界」にいた時に、日常的な戦闘状態にいたこと故に作られたもの(だと修は推測しています)。それ故に、テキトーな嘘をくっちゃべる不良や、プライド・本心を隠す人間に対しては、その表面を見透かすような容赦ない言動・行動を取ります。そして何より、その自身の信念に基づき、自らの行動を持って示すだけの強さがある。


一方で修は、こういっちゃ何ですが戦闘力はかなり弱い人間です。少なくとも、1巻においては基本的に不良か近界民にボコられています。しかし、それでも彼は、「自分は弱い」「実力が足りない」ということを痛いほど分かっていながらも立ち向かうべく動いています。

例えば立入禁止区域で近界民に襲われた(そして自分をボコった)不良を助ける際。

例えば学校に突如複数で現れた近界民から生徒を助ける際。

自らの実力不足・あるいはその行動が「ボーダー」の規則に反すると分かっていても動いてしまう。


こうした修に対して、遊真は結構冷静です。前者においては「不良の自業自得」だと述べ、後者においては近界民の強さと修の実力を比較し「ここはボーダーが来るまで待て」と諭す。まったくもって正論だし、とても現実的。
しかし、修は「ぼくがそうするべきだと思っている」ことに従って行動する。あるいは、行動してしまうのです。


自分が読んでいて特にグッと来たのは、学校を襲撃した近界民に立ち向かうシーン。
修は近界民に対して、自分の力だけじゃ勝てなくても、遊真の持つ力があれば勝てるんじゃあないかと考えます。にも関わらず、修は単身立ち向かってしまう。何故なら、その前に遊真に対し「人前に目に付く(上にボーダーに目をつけられる恐れがある)から、変に目立つことはするな」と釘を刺していたから。


無論、実力も伴わないと分かっていながら単身で挑むなんてのは無謀な蛮行とも取れるし、先に言ったことを反故にしてでも、遊真に助力を請うという選択肢もあったはず。あったはずなんだけれども、修もまた遊真と同じく「自分の言動・行動には自分で責任を持つ」人間で。
例えその結果として傷だらけになり、報われないとしても、「ぼくがそうするべきだと思っている」ことを曲げることは、自分に許すことができない性格の持ち主なんですね。


こうした心性は、先にも述べた遊真と共通しているものだったりします。戦うべきなのか、何をなすべきなのか、それを決めるのは「自分である」という意思を常にベースに置いて動いている。強さ弱さはまったく違うけれども、根底にある精神は結構似ている2人だったりするのですね。故に、物語の中で遊真は次第に修を信頼するようになっていく。その過程の描き方がとても自然なところもまたグッとくるのですよ。



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第1巻の時点では、まだまだ明かされていない情報・設定がとても多いです。何故遊真は「こっちの世界」に来たのか。自らを「近界民」と名乗りつつも、街を襲う近界民を躊躇なく倒せるのか。ていうかそもそも「むこうの世界」「こっちの世界」って何なのか。


そして次第に全容が少しずつ見えてくる「ボーダー」という組織。近界民の襲撃から街を守りつつも、何サラッと「近界民の技術」を研究しているなんて言っちゃってるのか。彼らの目的は何なのか。そして彼らが遊真と出会った時、何が起こってしまうのか…。


今後どうした状況に陥っても、修と遊真は「そうするべきだと思っている」ことを貫き通すことは火を見るより明らかなんですが、果たしてどんな状況が彼らを取り巻くのか。「ボーダー」という組織、あるいは「世界」という状況に対して、如何にそれを貫き通すことができるのか。今後はよりスケールの大きな物語になることを否応なく期待させ、とても楽しみな作品です。



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個人的にちょっぴり不安な点を上げるとすれば、後半出てきたA級隊員・木虎ちゃん。今時ちょっと珍しいくらいツン要素がデカいので、一回デレたらもうどんだけデレちゃうのかってなところ位ですかね。その辺どう描いていくのかも期待です。ホントかよ。